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by harapeko-angel
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カテゴリ:独り言( 455 )

昨秋、大好きな彼とハワイに行くはずだった。

楽しい日々を重ねているつもりが小さなモヤモヤを飲み込んで、気持ちを閉じ込めているうちに自分の心が迷子になった。

始まりは何の気ない話のはずが抑えきれない感情が溢れ出し、大ゲンカの末、楽しみにしていたハワイ旅行は出発の2週間前にキャンセルを言い渡された。

そして…そのケンカから8ヶ月後、4年つきあった彼と別れた。

こんな歳になって愛だの恋だのと大騒ぎしてる友人はいない。だからこそ実際に自分の失恋が現実になってみて想像以上にダメージが大きいこと、自覚のないダメージほどストレスが大きくて大惨事だった。

夏も終わりに近づき、心友が教えてくれた岡山城のお堀が一望できる⑤デリ石関町店で手にとった雑誌『SWITCH』。
よしもとばななの文章が目に止まり、久しぶりに外出先で人目もはばからず号泣。
この文章はよしもとばなな著『デットエンドの思い出』にも出てくる短編。

私もデットエンド=行き止まり…なんだ。
無自覚だった感情が一気に溢れ出した。

4年も一緒にいたんだから淋しくてもせつなくてもあたりまえ。だって愛してたから…

いつかきっとあの夏の終わりにせつなかった気持ちとカフェから眺めた景色、絶不調な肌のデットエンドな私を懐かしく思い出す日がくるのかな。
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by harapeko-angel | 2016-08-24 00:48 | 独り言
木曜日は小さなサポーターちゃんの文化祭へ。
この文化祭での演奏を最後に吹奏楽部を引退。中学生最後の演奏を聴きに出掛けた。


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同級生から一年遅れで始めた吹奏楽。
親としてはやりたかった吹奏楽をやっと始められてよかったという思いと、ちゃんとついていけるだろうかという心配な気持ちが入り混じる複雑な気持ちの中でそっと見守った。


去年は県大会・銀賞で悔し涙を流した。
今年は金賞とって念願だった中国大会へ進出。
学校始まって以来の快挙だった。


文化祭の終わりに校長先生のお話の中で...
吹奏楽部がなぜ中国大会へ行けたかというお話をされた。
県大会の結果発表で中国大会へ進出が決まった瞬間震えたということ。
中国大会へ行けることは誰も想像していなかったこと(事実、県大会以降の練習予定はゼロだった。。。)
しかし中国大会へ行けることが決まってからはお盆休みを返上し、努力を重ね日々一生懸命に練習に取り組んだこと。結果はあくまでも結果であり、入学当時は楽器に触れてこともなかった子がほとんどだろう。時には職員室の前で顧問の先生に叱られ泣いている姿も見かけた。結果よりもこれからのみんなにとってもっとも大切なことは自分で決めた目標に向かってがんばった過程だ。目標に向かう過程で気づいたこと、感じたこと、悔しかったり、嬉しかったりしたことはこれからの君たちの一生の宝物になるだろうと。


がんばった人にしか見ることのできない景色がある。
これはがんばった人だけに贈られるギフトだ。
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by harapeko-angel | 2015-09-19 21:50 | 独り言

☆小さな伴走者☆

4/15(日)晴れ。
津山加茂郷マラソンの応援に。
今年はエントリーに漏れたので応援で参加。

感動に包まれた一日になりました。
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by harapeko-angel | 2012-05-11 17:15 | 独り言

☆家族葬☆

日曜日の朝「チヨノばあちゃんが亡くなったそうです」...という短いメールを受け取った。


享年92歳.....大往生だ。
朝6時過ぎにはまだ普通に元気で話もしていたチヨノばあちゃんは7時すぎになくなったという。


harapekoが大好きだった陽気で破天荒な祖父との間に8人の子どもと23人の孫がいたチヨノばあちゃん。
過去のブログ 『バースデーケーキ』の願掛けどおり、33年ぶりの近親者の葬儀になった。


葬儀に集まった人たちは家族葬にも関わらず総勢50人。
子どもたちと配偶者、孫たちとそれぞれ配偶者、玄孫....数えると一族は大所帯になった(笑)


カリフォルニア在住の従妹はローマで訃報を聞き、葬儀に間に合うエアチケットを奇跡的にGETして葬儀に駆けつけた。たくさんの人たちが最期のお別れをしようと集まった。


70近い父も祖母の死はショックらしく、迎えに行くと喪服も着ないまま背中を丸めてしょんぼりと座り込んでいた。いくつになっても親には元気でいてほしいものなのだなとつくづく思った。。。


33年前、祖父の葬儀で出棺の際に、棺に覆いかぶさるように泣いていたチヨノばあちゃんの姿を思い出して胸がキュンとした。父とチヨノばあちゃんは顔がそっくりなので棺の中のばあちゃんを見て切ない気持ちになったり、子どものころ、大勢で賑やかに集まったお盆や正月、餅つき、祭り、蚊帳の中で寝た夏休みのこと、暗くて、怖くてなかなか行けなかった夜中のトイレや川遊び、屋根に上がって遊んで叱られたこと、ふふふっと笑うとゆれる身体と頬、ばあちゃん宅のTVで見た日航機墜落事故のニュース...etc...
お経を聞きながらいろんなことが頭をよぎった。


人の最期が物語るものに想いを馳せた。
この世に生まれてこれたルーツ、頑張り屋のDNA、たくさんの想い出をありがとう!
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by harapeko-angel | 2012-01-10 22:02 | 独り言

☆make me happy〜♪☆

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大好きな「メルカート・セントラレ」のジェラート☆
この日初めて食べたピスタチオのジェラートが美味なり。
幸せなひととき☆
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by harapeko-angel | 2011-12-24 22:25 | 独り言
昨日の朝、クルマで美容院に向かっていると....
いきなり後ろからドンッ!



追突された。。。



先日も予約をキャンセルしてホントに久しぶりの美容院だったので、事故処理後に少し遅れてサロンへ。。。予定変更など考えもしなかった。



夕方...やっぱり頭が痛くなって救急で病院へ。。。
美容院→病院....へんなハシゴの休日になりました(笑)
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by harapeko-angel | 2011-11-24 07:37 | 独り言

☆make me happy〜♪☆

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幸せなひととき☆
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by harapeko-angel | 2011-11-24 07:25 | 独り言
昨日は待ち時間にスタバで読書を。
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by harapeko-angel | 2011-11-16 22:43 | 独り言

☆2011年11月1日☆

2011年11月1日....小さなサポーターちゃんが11歳の誕生日を迎えた。
1が7コもならんだHappy-dayにまたひとつ大きくなった小さなサポーターちゃん。


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ローソクを吹き消す前にお願いごとを。
どんなお願いごとだったのかは教えてくれなかったけど(笑)



お友達のことや最近のトピックスなど....いっぱいおしゃべりしながらはしゃぎまくったお誕生日の夜。
小さなサポーターちゃんが眠った後に、お誕生日にと届けられた絵本をめくると....
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あなたが生まれた日、
あなたがはじめて小さな息をした瞬間、
世界中がよろこびでいっぱいにみたされました....
というフレーズで始まる絵本に胸がいっぱいになった。

ママの宝物ちゃんへ...
生まれてきてくれてありがとう!
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by harapeko-angel | 2011-11-03 01:04 | 独り言
昨日のプロ野球ドラフト会議☆
「異色」の選手が指名を受けた。
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オリックスに5位指名された庄司龍二選手(24)。
大阪、東京などに飲食店を展開する「ジェイプロジェクト」の硬式野球部に所属。日ごろは愛知県内の球場で練習した後、名古屋・栄の居酒屋で23:00までカクテルを作り、接客をしたりしていうという。
入社して2年。今では約200種類のカクテルが作れるが、自分は一滴もお酒を飲まないという。「野球選手は体が命だから。」と。



箕島で正捕手を務めたが、3年夏の和歌山大会では3回戦で智弁和歌山に0—3で敗れ、甲子園出場は果たせなかった。

 上原浩治投手(米大リーグ・オリオールズ)らが輩出した大阪体育大学(大阪府熊取町)に進んだが、チームには捕手が10人もいた。そのうち3人が甲子園経験者。「甲子園組に負けたくない」と、全体練習の後も校外の練習場に通った。1年の秋から正捕手の座をつかんだ。

 翌年6月の全日本大学選手権決勝。青山学院大学との試合で庄司さんは、高市俊投手(現ヤクルト)から2点本塁打を放ち、初優勝に貢献した。この大会で最高殊勲選手に選ばれた1年先輩の村田透投手(現米マイナーリーグ)は、ドラフト会議で巨人から1巡目で指名を受けた。

 しかし、この大会後に腰を痛めた庄司さんは3、4年とも思うような活躍ができなかった。卒業の年にプロ志望届を出したが、ドラフトでの指名はなかった。社会人野球に進んだ。

 「スカウトにアピールするためには出場機会の多いところがいい」と選んだのが、新設チームのジェイプロジェクトだった。

 朝9時から午後2時半まで練習後、シャワーを浴びて店に直行。午後5時から11時まではずっと立ちっぱなしだ。酔った客に絡まれた夜は辞めたくなった。そんなときは「自分の野球を応援してくれている親や高校の先生の顔が浮かんだ」。仕事が終わった後にも素振りを欠かさない。

昨日、ドラフト会議で指名を受け、夢だったプロ野球入りの夢が叶った庄司選手。
「小さい頃、野球で夢を持たせてもらった。今度は自分のプレーで子どもたちに夢を与えたい」と豊富を語った。
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by harapeko-angel | 2011-10-28 07:08 | 独り言