三ツ星からB級まで美味しいもの情報満載♪


by harapeko-angel
カレンダー
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31

☆NOBU(1)☆

今日はharapekoが大好きなレストラン『NOBU』のお話。この話harapekoの周りの友達には耳だこ。出会いは1995年。このレストランの噂を聞いた。NYにすごいレストランがあるって。
NYのジャンル別レストランランキングの日本食部門でオープンして一年目の『NOBU』が一位を獲得。それまで10数年一位を守り続けたレストランはあっさりと『NOBU』に王者の座を譲った。瞬く間に噂は広がり世界中の美食家、セレブが集まる店になったと。

1996年、NYに行った。その旅行の出発数日前に誘いがあった。「NY滞在中にNOBUに行く企画があるけどどうする?一人3万円の予算らしいけど。」一瞬クラッとした。旅行代金30万だったよな。プラス一晩の食事代3万円かぁ。.....でも決断は早かった。「行きます!」買い物より観光より世界中のグルメの間で噂のレストラン『NOBU』に行きたかった!
そしてその選択は正しかった。『NOBU』に行き、席に着いたときオーダーを確認しに来た人が言った。「では皆様60ドルのシェフおまかせでよろしいですね。」......「ん?!」
その当時『NOBU』はNYで一番予約が取りにくい店。30人で行った旅行で全員の席を確保してもらうのは不可能。そう思って誘ってくれた人は一人3万円するけどって言ったと教えてくれた。料理を口にする前、噂には聞いていたけど心のどこかで「海外で食べる和食なんて...」って気持ちが無くはなかった。そんな思いは一口目ですぐに吹き飛んだ。今まで食べたどんな和食より美味しかった。しかも素材がとにかく新鮮で素材の組み合わせに枠が無い。その夜はデビット・ボウイも『NOBU』に来ていた。オリジナルの竹酒、とびきり美味しい料理と元銀行を100万ドル掛けて改装した店の雰囲気、ウォール街で働く世界の経済を動かすビジネスマンや普段TVでしかお目に掛かれない人たちと空間を共にしてharapekoは舞い上がった。その日『NOBU』からどうやってホテルに戻ったかは覚えていない。

『NOBU』にはオーナーシェフ松久信幸氏の想いとサクセスストーリーが詰まっている。彼が7歳のとき彼の父は亡くなった。仕事に向かう材木商の父に「僕も連れてって」と頼んだら「だめだよ。今日は遠くに行くから。」と言って父は出掛けた。その日父は本当に交通事故に遭い遠くへ行ってしまった。アルバムの写真で見る父は仕事で訪れたパラオで現地の人と写っていた。いつか自分も海外で仕事がしたい。そう思って料理人として日本で修行を積んだ後、ペルーへ渡る。ペルーでは日本大使、日本企業の重役、ロイヤルファミリーが訪れる店に。ペルー、アルゼンチンと修行を積み、1977年、故金子信雄氏の紹介で念願だった自分の店をアラスカ・アンカレッジにオープンさせ連日満席の人気店に。そしてオープンから50日目に事件は起こった。漏電がもとで火事になり店が全部燃えてしまったのだ。
でも神様は絶対超えられない試練は与えない。ここから立ち上がった彼は見事にサクセスしていく。『NOBU』の話を始めると止まらなくなる。ここからのサクセスとお店の情報はまた明日。
[PR]
by harapeko-angel | 2005-04-03 22:39 | グルメ